午前中本郷にあるお寺に母と親戚のお墓参りをして、富田家の今年のお盆は終了。 お昼に一件打ち合わせを済ませ、午後から自宅で細々とした仕事をしています。
甲子園を観ながら。
どちらに感情移入してしまうかと言えば、やはり早稲田実業でしょうか。まだ今のように共学ではなく、高田馬場に程近い場所に校舎があった時代、早実に少しの間通ったことがあります。
高校3年生の5月にイギリスの高校を卒業し帰国した後、10月から帰国子女枠で大学受験をしました。結局早稲田大学に進学することになったのですが、当時の印象として早稲田では帰国子女の入学をあまり好んで受け入れてはいなかった気がします。学生数の割に慶応や上智に比べて受入れ枠も狭く、授業のフレキシビリティに関しても幅があまりなかったというか。
帰国子女枠に関しては、1次試験は書類審査という大学がほとんどで、この書類審査のために高校最後の2年間、特にヨーロッパ帰りの帰国子女は中間・期末・模試とは別にいくつもの試験を受けることになります。
私が在籍していた高校はインターナショナル・スクールであったため、世界各国の大学受験に対応すべく、在学中様々な資格試験を受けられる体勢をとっていました。私自身はA-LEVEL・O-LEVELと呼ばれるイギリスの大学対応の資格試験こそ免れたものの、IBと呼ばれるインターナショナル・バカロレアのディプロマを取得する為に6科目の受験とExtended Essayと呼ばれる卒業論文。さらにSATとTOEFL。校長+3人の先生による推薦状。そして、過去3年間の成績証明書・・・。
こうしたものをすべて用意して日本の大学受験に備えることに。高校時代はもう勉強がつらくてつらくてたまりませんでした。語学や数学はともかく、母国語でない言葉で覚えなきゃいけない心理学・化学・哲学に宗教学・・・。家族ももうとっくにいない寮生活で 泣きそうになることが何度もありました。勉強がとにかく苦手だったし、学校がとにかく イヤでした。
たいていの大学はこうした苦労(?)を察してくれるのか、書類の内容を評価・重視し、 1次試験でざっと受験生を篩いにかけます。4割~5割くらいを残して2次の筆記試験 そして続く面接を迎えることになるわけです。選考基準に学校それぞれ特色があって、事前にわかりやすい。
でも、早稲田の場合。
一次試験の合格発表の日。横浜から電車を3本乗り継いで、2時間弱かけてたどりついた校舎。奥にあるはずの掲示板にドキドキしながら向かうと・・・ああ、忘れもしません その掲示板には
「全員合格」
と、素っ気無く一言書いてあるだけなのでした・・・。
これで内申はまったく関係なく全員一緒にスタートラインに立つことになったわけです。そこから二次試験、面接・・・と進み、合格の通知を受け取ってもそれでおしまいという わけにいきません。
合格した後は、他の大学ではありえない異例の「補講」というものが待ち構えています。曰く、帰国子女は日本の教育を受けていないのだから入学する翌年の4月までにある程度足並みを揃えておかなければならない。日本史や古文・漢文などをきちんと勉強 してください、とのこと。
その補講を受ける為に通う先が、早稲田実業。当時はまったくの男子校に、しばらく通うことになりました。
ほんとうはひとりででも帰国して日本の高校に通いたかった私は、日本の校舎独特の雰囲気、そして補講の帰りに寄るドーナツ屋さんに溢れる制服、学生の街の匂い・・・ などに触れながら、
「いいなあ・・・。こういうのが“青春”っていうんだろうナ・・・。」
とよく思いました。羨ましかった。私の高校時代に「青春」という言葉はまったくなかったので。
今は、15回表に入るところ。異例の延長戦 最後の回に、果たして歓喜の涙を流すのはどちらなのでしょうか。